近年、京都大学熊野寮は年に数回、京都府警察等による家宅捜索(捜索差押)を受けている。

緊急
— 熊野寮広報局 (@kuma_d_fes) 2025年10月31日
ガサが来ました!
相変わらず大量の機動隊を動員して、寮生に対する令状呈示を渋って
います!このような不当かつ不毛な家宅捜索はいい加減やめていただきたい! pic.twitter.com/fxxEAHlF8n
これに対して、このように警察が頻繁に来るような場所では、落ち着いて勉強ができないのではないかと懸念する向きがある。例えば、
「そもそも熊野寮に入居しなければ良いのでは?どういう経緯で入ることになったのかは分かりかねますが、京都大学で勉強するぞ!ってなったときに、警察が頻繁に来るような所に居住を構えては 勉強出来るような環境下ではない、というのは明白な筈なので…。」
そもそも熊野寮に入居しなければ良いのでは?どういう経緯で入ることになったのかは分かりかねますが、京都大学で勉強するぞ!ってなったときに、警察が頻繁に来るような所に居住を構えては 勉強出来るような環境下ではない、というのは明白な筈なので…。
— 秋庭誠 (@autumn_gardens) 2025年11月1日
これに加えて、成績が落ちて親が心配するとか、活動家と関わると就職できないとか、もっともらしく根拠のない噂が広まっている。
私の主観的な考えでは、たかが年に数回来る程度の警察よりも、寮内の様々な仕事や誘惑や人間関係や...といったものの方が遥かに「勉強の邪魔」になるのである(そしてそれらは同時に、寮生にかけがえのない学びを提供するものでもある)。
しかし、そのことはさておき、「熊野寮では勉強ができない」なんてことは、世間のイメージほどは無いということを示したい。
まず、大前提として京大生は2,3割くらい留年する。
www.assdr.kyoto-u.ac.jp
だから、留年者が多いことをもって、熊野寮では勉強ができないと結論することはできない。京大生平均と比較して優位に多いかどうかは、まだ誰も調べたことがないだろうからだ。
さらに、熊野寮には、留年して親の援助が打ち切られたという理由で、安価な住居を求めて入寮してくる人が多い。これは、熊野寮が京都大学の福利厚生施設として役割を果たしていることを示している。
従って、「熊野寮に入ったから留年する」のか、「留年したから熊野寮に入ってくる」のかは、実際のところかなり区別が難しいのである。
もちろん、筆者の体感としても、熊野寮には留年や休学、その他の事情で一般に「正規」とされている年限(学部なら4年とか。)を越えて居住している人が多いと感じるのは事実である。大学生活が楽しすぎて勉強に身が入らない学部1回生とかも、多いだろう。
しかし、それは熊野寮が「入ったら警察が煩わしくて勉強できない」ような環境だから、ではない。むしろ、多様な学生の居住に門戸を開き、学生がドロップアウトしないようにコミュニティに繋ぎ止めてきた証といえるのではないか。
さて、いくつかデータを示そう。
寮祭企画「エクストリーム官僚」というものがある。これは毎年冬の寮祭の時期に行われる「国家公務員採用総合職試験 教養区分」(いわゆるキャリア官僚になるための試験)に熊野寮生を大量に受験させる企画で、数年前まで行われていた。
「参加者の戦績をのろのろと収集しておりました。
申込者は34名、受験が確認できたのが18名、1次試験合格者が10名でした(合格率55%)。
全国での1次合格率が22%であることを考えるとかなりよい結果です。」
参加者の戦績をのろのろと収集しておりました。
— エクストリーム官僚 (@Ex_Bureaucrat) 2022年10月22日
申込者は34名、受験が確認できたのが18名、1次試験合格者が10名でした(合格率55%)。
全国での1次合格率が22%であることを考えるとかなりよい結果です。#エクストリーム官僚#熊野寮祭#教養区分
そもそも出願しながら当日受験していない人の多さに驚くが、分母はほとんど熊野寮生と推測され、世間平均と比べて異常に高い合格率を叩き出している。京大生を分母とするデータは発見できなかったものの、少なくとも熊野寮生は良い成績を残していることが分かる。
次に、謝辞に「熊野寮」に関する記載を含む学術論文の存在である。こうした学術論文を執筆しているのは、主に博士後期課程の寮生や、たまに寮に遊びにくる熊野寮出身者のポスドクなどである。ためしにGoogle Scholarで「Kumano Dorm」と検索をかけると、何本もの論文がヒットする。
例を挙げると、
・We are grateful for the academic and supportive atmosphere afforded by Kumano Dormitory at Kyoto University.
https://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/acs.langmuir.3c01640
・We are grateful to Kumano Dormitory for providing an academic and supportive atmosphere that has greatly benefited Nakashima.
A Method for Computing the Minimum Common Feedback Set for a Multilayer Network and Its Application to Analysis of Biological Data
・We wish to thank Kumano dormitory community at Kyoto University for their generous financial and living assistance to Masahisa Kato.
Modeling Photoelectron and Auger Electron Emission From the Sunlit Lunar Surface: A Comparison With ARTEMIS Observations - Kato - 2023 - Journal of Geophysical Research: Space Physics - Wiley Online Library
このように、熊野寮のアカデミックな気風や低廉な居住条件が、論文執筆に寄与していることを多くの人が記載している。
さて、このように見てくると「熊野寮では勉強ができない」などということは全く無いということが分かるのではないか。もちろん、警察は来ないに越したことはないのだが...
また、このような意見もある。
「これまで話してみた印象としては、寮生の方が社会的スキルが非常に高い。利害調整能力や会議運営能力は普通の学生より高い(その分、上の意のままにならないから厄介だと見る人もいるでしょうけど)。組織人としては確実に戦力になる。」
これまで話してみた印象としては、寮生の方が社会的スキルが非常に高い。利害調整能力や会議運営能力は普通の学生より高い(その分、上の意のままにならないから厄介だと見る人もいるでしょうけど)。組織人としては確実に戦力になる。 https://t.co/sV8gcClOPu
— IKE Toru💙💛🍉🍉 (@Jutta_de_gusto) 2025年11月2日
単なる狭い意味での「勉強」にとどまらず、寮の人間関係の中で鍛えられる対人能力が、評価されているのだ。
最後に、実際に寮を卒業した当事者の声を紹介したい。「赤井川あかり」さんは、雑誌「季刊contextra」に寄せた「自治大学校熊野寮」と題した文章で、次のように述べている。
「私が里山ないし田舎を再評価できたのは、大学の専門的な講義というよりは寧ろ熊野寮における自治の経験があってのものだと思う。」
「私はそのような地方における小さな自治を維持したいという思いから、田舎の方の市町村役場職員になりたいと思うようになった。」
このように熊野寮では、そこに住む寮生の今後の人生の指針に影響するような学びを、自治と共同生活の経験を通じて授けているのである。
vol.1「卒寮文集」をつくりました。
— 季刊contextra (@contextra_zine) 2025年8月10日
舞台は京都大学の自治の砦にして青春の坩堝、学生寮。そこで暮らし、いずれ出ていく私たちにとって、学生寮という空間は何だったのか。それを経験した私たちはどうやって卒寮していくのか。 pic.twitter.com/goJaDJpBJc