「責任をとる」が分からないのは辞書のせい!

 

昔から「責任をとる」という言葉の意味が分からなかった。日本語が崩壊しているのか日本人が崩壊しているのかは分からないが「責任をとる」と言って自殺じゃなくて「辞職する」人があまりに多いせいで「責任をとる=辞める」観が形成されている感がある。
しかし、「責任をとる」とは本来そういうものではないだろう。「責任をとる」というのは、当の責任問題を発生させている事案なり問題なりの原因なり真相なりを解明し、二度とそのようなことが起こらないようなシステムなり制度なりを構築することではないのか。人間なので誰でも過ちを犯す。しかしながら、過ちを過ちのままにしておくことこそが真の過ちなのであるというのは2000年以上前に孔子が述べた言葉であるが、失敗を身を以て体験している人間が、すぐに辞めてしまっては失敗が継承されないではないか。そうしてまた同じ過ちが繰り返される。これでは到底責任が果たされたとは言えまい。失敗した者には失敗した者の責任というものがある。

 

 

と持論(自論?)を述べるのはここまでにして、本題に入る。
この「責任をとる」という言葉の意味が分かりにくくなっている原因は辞書にあるのではないか。
以下に広辞苑明鏡国語辞典新明解国語辞典から一部抜粋する。
注目すべきは「責任をとる」という例文が引かれている用法が、広辞苑と他2冊とでは異なることである。

広辞苑
①人が引き受けてなすべき任務。「ーを全うする」「ーを持つ」「ーをとる」
②政治・道徳・法律などの観点から非難されるべき責(せめ)・科(とが)。法律上の責任は主として対社会的な刑事責任と主として対個人的な民事責任とに大別され、それぞれ一定の制裁を伴う。

明鏡国語辞典
①まかされていて、しなければならない任務。「ーを果たす」「ーある立場」
②ある行為の結果として負わなくてはならない責めや償い。「不祥事のーをとって辞職する」「ー転嫁」

新明解国語辞典
①自分の分担として、それだけはしなければならない任務(負担)。「ーは あげて相手側にある/ー有る〔=責任の重い〕地位」
②不結果・失敗に基づく損失や制裁(を自分で引き受けること)。「最高ーを負う/ーを取る(持つ・果たす・明らかにする・追及する)/ーの一端がある/ーの一半を背負う/ーが伴う(重い)…」

 

各辞書、微妙なニュアンスの違いこそあれ「責任」を
①任務系
②代償系
の2つの意味に分けることができるだろう。各辞書の「責任をとる」と言う時の「責任」の意味は以下のようになる。

広辞苑…①任務系
明鏡、新明解…②代償系


当ブログ冒頭で述べた「責任をとる」と言う時の「責任」観は、①の任務系のニュアンスに当たる。一方、「責任をとる=辞める」の「責任」観は、②の代償系の方のニュアンスの意味になる。

辞書によって、ここまで「責任をとる」と言う時の「責任」についての解釈が異なるのである。
恐らく「責任をとる」の「責任」の一般的な見方は、①の任務系ニュアンスの意味の方であろうが、企業や霞ヶ関の重役が辞任会見を開く時には②の意味で「責任」を使っているに違いない。

悔しいかな、これが我々が今まで「責任をとる」の「責任」に釈然としなかった理由である。

「責任」が分からなかった責任は「責任」にあったのである。ハハハ(苦笑