下宿したら始めたいこと:備蓄

1ヶ月以上ブログ更新をサボっていたらはてなブログからメールが来て思い出したので少し書く

 

書くために書くことを「作る」という感じではなくて、書いているときには既に(文章が頭の中に既にあるということではなくて)書きたいことが「作られている」状態であとは文章化するだけという状態で書きたい その方が短時間で書けてストレスがかからない気がする そもそもブログというのは書きたい時に書きたいことを書きたいだけ書く(そしてこれには当然書かない時は書かないという自由も含まれている)という部分が大きいので、書くときに少しでもストレスがかかるというのは無⇄書くの平衡を大幅に左に移動させてしまうことになるのだ

 

数学の問題を解く時、最初から解き方が分かるわけではないので(見た瞬間に答えが分かるレベルの問題もあるが、それとは今は別の話である)一から解答を書き上げるために最初は色々と式変形だったりとりあえず微分したりとかするわけだが、僕はある時期まで気がつくと以下のような状態に陥っていて話が全く前に進まないということがあったので(今も無いというわけではないが、このことを意識することでそのリスクを低減させることはできていると思う)その話をしたいと思う
問題初期の色々とやってみる段階で何をやってみるか(たとえばf(x)とおいて微分してみようとか)というのは問題文に与えられた条件や、今までの経験などから色々と思いついたりするわけであるが、実際に(複雑な関数だったりなどすると)何が(微分することによって)起こるかというのは計算してみないと(自分は)大体見えない。そこで、問題解決の初手の動きとしてこのとりあえず何かやってみるという活動は致命的に重要な訳だが、ある時期まで自分はこの初手の条件反射(微分しようとか帰納法で証明しようとか)の頭の中の内なるつぶやきを完全に抹殺して(このつぶやきを拾い上げずに)ひたすら考えるということをやっていた。無意識に。この〜をやろうというのは最初は大きな声ではなくて、こんなことも検討の1つには入るのではないでしょうか?という形で頭から提案されるようなものなのであるが、自分はこの弱者のうめき声のようなものを無意識に見捨てていて問題が全く解けないという事態に陥っていたのです。問題を解く上で、弱者の声に耳を傾けることは重要なのである。最寄駅についた